【   無機物の見る夢   】





夕暮れ空。

茜雲。

飛び立ち、去り行く鳥の影と残響。

帰路に着く人々や、建物の陰影は過ぎ行くときの流れと共に
伸びては消えゆく灯と共に、
ひそり、と現れた漆黒の闇に呑まれてゆく。

流水のように途切れることの無い人々の中で、
ふと歩みを止めると、
周囲と自分との間に出来た時間差は、
縮まることなくどこまでも離れてゆく。

その差はふと、
息づく生者と、ただ移ろい翳りゆく亡者との差のようで、
急に恐怖を感じる。



(嗚呼、早く行かないと
...)



そう思えども、
足はなぜかアスファルトと一体化でもしているかのように、
動くことが出来ない。
視線だけで周囲を見やれば、
先ほどまで無数にいた人々も、
煩いほどの街の喧騒も幻のように消えていた。
在るのは無機物の集合体。



人がいない店。

人がいない道。

人がいない街。



人がいなくてもあり続ける無数の建築物。

無数の明滅を繰り返す信号機。

無数の自動車。

無数の横断歩道。

無数の電信柱。

無数の。

無数の。

無数の。



無機物の見ている日々の夢。
他の無機物との融合。



(嗚呼、早く行かないと、このままではきっと...)



この無機物の夢の中に閉じ込められる。




心の中に浮かんだ現実に畏怖した。

逃げなければ。

動かなければ。

歩かなければ・・・人であるために。


















もがいて、





























あがいた。



























『光だよ。』



と、声が聞こえた。
子供特有の高い声音。



『想像して』



先ほどとは別の声。
大人の女性のような。



『夢想するんだ。光を』



また違う声。
少年期を脱した青年の声。



『意識を集中してみなさい』



年配の人の声。


遠い彼方に視線をやれば、そこに輝くのは、



『光だ』



そう、光だと思った時、気づくといつもの喧騒の中。
流水の如く人は流れてゆき、
立ち止まっている私にぶつかって
流れをせき止められた人が嫌な顔をして
また流れに組してゆく。

もう、陽は沈み
空は漆黒の闇に包まれていたが、
街中から溢れ出る光の洪水で、
わずかに街と空の境界線が茜色に染まっている。



嗚呼、光だ。



そして今度は難なく、
私も人の流れなのかに身を投じた。



ふと、彼誰時に見た無機物の夢。

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