還ろう。
あの果てなく続く宇宙(そら)の大地(うみ)へ。
私は、ずっと、いつまでも、あなたが還ってくるのを待っているから。
だから、還ろう。
あの宇宙(ソラ)へ。
【 SACRIFICE 】 |
1.
眼前に広がるのはどこまでも続く闇・・・――。
否、それは眼前に留まらない。上も下も右も左も・・・360度ぐるりと見渡しても同じ色。同じ闇。朝も昼も訪れないここは、そう宇宙空間のそれ。
ただ安直に闇と一言で片付けてしまえる程、ここは単調な世界ではないことを瀬小野奏手(せおの・かなて)は知っていた。朝も昼もない代わりに、ここは一日中、一年中・・・いやそれ以上の長い日々の間、光に溢れ続けている。
闇が包んでいるこの空間に光が溢れているのだと言えば、この世界を知らない人間からしてみれば何を言っているのだと可笑しく思われることだろう。若しくは、宇宙の定義さえ知らない人間が、分けの分からない世迷言を言っているのでは、と不信な目で見てくる人もいるのかもしれない。
確かに、惑星の近くによることがなければ、基本的にここは闇に包まれている。しかし、実際にこの空間に居たことのある人間ならば見つけることが出来るだろう・・・この途方もなく幻想的で美しい闇を。
奏手は、前方を見つめたまま僅かに目を細めた。その闇の中に散りばめられた星星の遠く、近く胎動を繰り返すように明滅する濃淡の光が、周囲に群がる闇を飽和させ、その出来た空間には星星が発する光の原色が飛び込んで混ざり合って輝いている。
赤や黄色、青、緑、白、藍・・・。
複雑に絡み合い、そして映し出されたそれは例えようもなく美しかった。
還ろう・・・・・・――
ふと懐かしい声が聞こえた気がして、奏手ははっと我に返り、そしてすぐに苦笑をもらした。
(・・・こんな場所に居るからか・・・あいつの声が聞こえるなんて・・・)
視線を落とせば、どこまでも続く宇宙の闇がそこに在った。ぼんやりと眺めていれば、急にその闇が目の前に迫ってきたかのような錯覚を覚えて我に返れば、先程まで宇宙空間に浮き立つようにして立っていた姿勢が崩れ、逆さまになっていることに気がついた。それを戻そうと奏手は、両足を反動をつけて後方にやれば、自然と上体が上がってくる。しかし、それと同時に身体が思いの外下方に流れたのを感じ、奏手は素早く右上方の虚空に手を伸ばし、何箇所かをボタンを押すようにして叩いた。
すると、ピピっという電子音が微かに鳴ったのと同時に、奏手の周囲に様々な電子化されたグラフや表のようなものがいくつも出現した。それらは、奏手自身のバイタル‐サインを知らせるものであったり、奏手を乗せているモノのモニター情報であったり、機動情報であったりするものだ。それらを瞬時に視線を配らせ内容を把握し、必要な情報を引き出してゆく。
「・・・指示ポイントには、まぁ、問題ない範囲か」
表示された左方上部位置に表示されたそのグラフをタッチし眼前まで引っ張るようにスライドさせれば、二重の円を十字に割りその交わったところ付近を緑の点があり、その僅かに南の位置に濃淡の明滅を繰り返す青い点。今奏手がいる現在地である。わざわざ出力を最小限に抑えてブースターをオンにするほどのものではないなと判断し、奏手はそのままその位置で待機することにし、表示をオフにしようと手を伸ばせば、その直前で奏手の手は止まった。
先程、闇に呑まれそうに感じた瞬間に思ったこと。
奏手は、それを『怖い』と感じた。初めて宇宙に上ったときも、初めての出撃のときも、また、初めて『化物』を介したときでさえ、そんな感情を思ったことがなかったのに、そんな感情を持ったことがひどく驚かされた。
「・・・あいつの声を久しぶりに聞いたからか」
宇宙に上がることを酷く怖がっていたあいつ。
戦うこと自体を嫌っていたあいつ。
「・・・なんであいつ、あんなこと言ったんだろう・・・」
そう呟いた声は思いのほかはっきりと耳に届き、奏手は小さくと息をつくと共に目を閉じる。
そうして思い起こされたのは、あの忘れがたい夏の日のことであった。
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≪コメント:昨日の晩、ふと風呂上りに月光浴をしていたときに思いついたネタだったんですが、ネタ帳に思いつく限りのストーリー展開やら設定やら書いていたら、恐ろしく長い物語になってしまったことに気がつきまして・・・現状を考えてみると、連載するにはあまりに時間がかかりすぎる・・・と断念した結果、それでもSF的な話が前々から書きたかったので、(構想上)序章〜12、3話程度と思わしき辺りをいくつかすっとばして、凝縮してまとめてみようと思い立ち出来た1話目がコレ・・・というわけです、はい。
全3話でまとめるつもりなので、ラストはたぶん「続きは?!」的な感じで終わると思います。今、ラストまで書いてあるネタ帳を見る限りそんな感じでした(^_^;)
確信をつくような話は伏線で終わりそうな気がしますが・・・。もし、続きが読みたいとおっしゃってくださる方がいらっしゃいましたらメールでご連絡いただければ幸いです。
次回は、主人公の奏手とアイツの過去話です。≫