小話 【雨の日の約束】









 無機質な鉄筋コンクリートで建てられた小さな建物の屋根から、今にも雨が零れ落ちてきそうな暗雲立ち込めた空に向かって、一本の細長い煙突が突き出していた。

 そして、真っ黒な雲に覆われた空に対照的に真っ白な煙が、その煙突の先のほうから、のたり、のたりと吐き出されていた。

 時間を追うごとに量を増し、勢いを増してゆき、どのぐらい経った頃か、今ではその勢いも量も抑えられて、その白さも幾分透明に近くなっていた。

 その過程を初めからじっと見つめていた影があった。ちょうど、建物の影になっていたその場所は、煙突のあるところの西側で、よくその光景を見ることが出来る。

 紺の学生服に身を包んでいた少年は、ただじっとその様を見つめたまま立ちつくしていた。

 幼さの随分残る少年の横顔は、泣く事を必死に堪えているかのように歪んでおり、体の横で握り締めていた両の拳は、ぶるぶると小刻みに震えている。

「・・・雨、降りそうですね」

ふと少年の背後から声が掛けられた。幾分にも落ち着いたテノールの声音は、耳に心地良い。

「・・・ ・・・うん」

少年は背後を振り返ることなく小さく頷いた。

「雨・・・お好きですか」

何時の間にやら少年の側まで寄ってきていたのか、随分高い位置から聞こえた青年の声に驚きつつも、視線を上に向けたままで少年は答えた。

「・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・キライ」

そう言って、少年の眉間は辛そうにきゅっと寄せられた。

それから、どちらともなく黙り込んだまま空を見上げていれば、ポツ、ポツと地面を叩く音がした。

「・・・雨」

どちらが呟いたのか。そのすぐ後、通り雨のようにザーッと雨が降り出し、強く地面を叩きつける。

二人とも激しく降る雨の中ぴくりとも動かない。

すぐに雨を吸って重たくなる制服。じわりとシャツの中まで染み込んでくる感じがじゃっかん気持ち悪く感じたが、それもすぐに感じることはなくなった。

すぐに止むだろうと思った雨は一向に止む気配はない。今更かとも思ったが、青年に「中に入ったら?」と声をかけようとすれば、一足早く青年の方から声がかかる。

「・・・雨は、分かっているのかもしれません」

不思議そうに青年の方を見やれば、随分大人びた青年の横顔が見えた。

「自分が嫌われる理由を。・・・それでもなぜこうして降るのか、それは」

青年がこちらを向いた。ひどく優しげな目をしている、と少年は思った。

「慰めているのかもしれません。世界中の何処かで悲しんでいる誰かのその涙を洗い流すために・・・一人苦しんでいる誰かの心を守るために・・・」

静かに持ち上げられた青年の細長い親指の平で少年の頬をそっと撫ぜた。

「・・・泣くことは決して罪ではない。泣くことは辱ではない。特にこんな日は・・・」

青年の穏やかな声音に、少年は泣き出してしまいそうなほどに顔を歪めた。

「・・・喪われた命は、悼む誰かの涙でしか天に還ることは出来ないのだから、たくさん泣いておあげなさい」

そう言って、青年は、そっと少年の側から離れ静かにその場を去った。

背後から、嗚咽を押し殺したような声が返ってきた。










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