【  世界の終焉の先にあるものは?  】  




後編





























「おー、ここだ、ここだ!」

ゴーシュ、と名乗った男を先頭にして歩くこと数分。森が少し開けた先にあったそれは、背後に切り崩されたようになっている岩壁を背後にして建つ小さな作業小屋であった。

「ちょっとまってな、明かり付けるから」

そう言ってゴーシュは、慣れた手つきで暗い室内を歩き、天井から吊り下げられていたランプに灯りを灯す。

ほんわりと照らし出された室内は八畳ぐらいの広さがある一室であったが、床にロープや鉄鉤、数着の作業服、地形地図や作業図のような紙類等々所狭しと散らかっており、足の踏み場もなかった。

それに対して、幼い顔に渋面を刻むクロトにゴーシュは、大きな身体を縮めて謝罪の言葉をのせる。

「・・・あぁっと、悪いなぁ。すぐ片付けるから、ちょっと待っててくれるか?」

そう言って、慌てて片付け始める男の背を横目で眺めつつ、世話になるのに何もしないのはどうかと思い、クロトも手近にあるものを一つ一つ摘み上げ、思い切り眉を顰めて見せた。

拾い上げたそれは、男のシャツと思しきものなのだが、泥に汚れすぎてもう初めが何色だったかさえ分からぬほどのものであった。他にもあちこちに同じように泥まみれなそれを拾い集め、一箇所にまとめておき、次に手を伸ばせば、それは、図面。

それもまた、随分泥やら埃やらで汚れていたが、埃を払ってやれば、見えないほどではない。

そこに描かれていたのはこの森で、この図面からして岩壁をくり貫いて、トンネルを通す計画のようだった。そんな大事な図面がこんなに汚れていていいものかと、男に声を掛けようとするが、外にでも出ているのか、先ほどまでいた男の姿はなかった。

それらの大事そうな図面等の紙片を纏め作業台の上に置き、他にやることはないかと室内を見渡したところ、ちょうど、男が戸口を開けて入ってきたところだった。

「・・・あぁ、すまねぇな。随分一人で片付けさせちまっていたみたいだな」

「・・・それは別にいいんですけど、ゴーシュさんはいつの間に外に出てたんです?・・・僕は全然気がつきませんでした」

「やめてくれ、やめてくれ、敬語なんて、さん付けもいらん、いらん!そんな柄じゃないんでな!・・・オレはクロトがシャツやらなんやら片付けてくれてた時にな、こいつを作りにいってきたんだ、ほれ」

そう言ってゴーシュが突き出してきたのは、鉄鍋に入っておいしそうに湯気のたつシチューであった。

「掃除も手伝わせちまって、腹も減ってるだろ。飯にしようや」

男はニカリと笑って、どこから出してきたのか、折りたたみ用の簡易机と椅子を二脚、片付けられた室内の中央に置き、鉄鍋をその中央に置いた。

そして、匙で木の碗にそれをそそぎ入れ、クロトの前と男の前に一つづつ起くと、クロトに座るよう促す。

クロトは、その用意された椅子に座ろうとするや、未だコートを羽織ったまま、フードも頭に被ったままであったことに気がついた。それらを脱ぎ、椅子の背もたれにかけ今度こそ椅子に座り、おいしそうなご飯に手を伸ばそうとすれば、視界の端に男の仰天した顔が目に入り、しまった、とクロトはコートを羽織りなおそうと手を伸ばせば、それを男の感嘆の声が引き止めた。

「・・・びっくりしたな。髪が真っ白なんで、年寄りかと思ったよ、いやいや、驚いた!」

ああ、とクロトは自分の髪に手をやり一つ頷いてみせた。

「・・・昔はもっと普通な色だったんだけどちょっと色々あって、今はこんな色になったんだよ」

「そうか、そいつぁ大変だったな」と頷いてみせた男の悪気のないそれに逆に驚きを隠せず問うた。

「・・・ゴーシュは何も言わないんだね」

ポツリと呟かれたクロトの言葉に、男は首を傾げた。

「何も言わないって、何か誰かに言われたんか?」

「・・・大したことじゃないんだ。ただ、今朝までいた国でちょっと・・・」

「この辺の国っていやぁ、ハルマンかシュレルゲンか、か」

男が上げた名前に、クロトは苦虫を噛み潰したかのように顔を僅かにゆがめた。

「・・・シュレルゲンだよ。あそこは、こういうものはどうやら受け付けないらしい。そういうのを知ってたから、フードを被って用事だけ済ませて出て行こうと思ったんだけど、ひょんなことから人助けで手をかしたら、運悪く突風に煽られてフードが取れてね・・・。ちょうど居た場所が大通りの近くだったから、そこに居たいろんな人に気味悪がられた上に、この色は不吉だからと殺されそうにまでなって参ったよ・・・」

今も脳裏に焼きついて離れないのは、群集に指を指され、『気味が悪い』『不吉だ』『殺してしまえ』という言葉の渦。

自分の落ち度もあったのだけれど、それでも胸の奥に巣くう闇はいくら時間が経っても、凝ったまま取れることはなかった。

一つため息をついて、もう冷めてしまったシチューをクロトは、食べるでもなくただぼんやり眺めていると、先ほどからずっと黙ってクロトの話に耳を傾けていたゴーシュが口を開いた。

「・・・人ってもんはやっかいな生き物さ。自分んとこが正しいと信じきっちまったら、周りが何と言おうと耳を貸すこたぁない。もし、その信じた道が間違っていると気がついた時にゃあ、後の祭りってもんさぁ。・・・だから『後悔』なんて言葉があんだろうよ。」

男の言った言葉は、何を指しているのだろうか・・・クロトがその意図を確かめるべく男へ視線をやれば、彼の瞳が僅かに揺れているのを見て、彼にもかつて辛い記憶があったのだろうことが知れた。

暫く二人の間に沈黙が訪れた。

最初に声をあげたのは、ゴーシュからだった。

「・・・まぁ、自分とこの国が何て言われてるかなんて、知らないのはその国に居るものだけってな!」

ゴーシュのそれにクロトが首を傾げれば、男はさっきのしんみりとした雰囲気は何処へやら、少し人の悪い笑みを浮かべてニカリと笑って言った。

「シュレルゲンが、この近隣の国になんて言われてるか、クロトは知ってるか?『独善主義の温床』、『知性の墓場』何て言われてんだから」

その言葉にクロトは一瞬ポカンとしたものの、そのすぐ後には、小さく噴出した。

そして、二人でひとしきり笑った後、完全に冷めてしまったシチューを再び温めなおして、二人で食べつつ、クロトの旅の話で盛り上がり、その夜は更けていった。

















「・・・で、ここを真っ直ぐ抜けていけば整備はされてないが、なかなか大きな街道に出ると思う。そうしたらそこを西へ行けば、半日はかかるだろうが小さな町に着くはずだ」

朝。夜明けと共に、旅の仕度を整えたクロトは、ゴーシュに次の町までの道順を教えてもらった。

「町の名前は、ベロニカって言って、小さな町だが活気があっていいところさ。・・・昔は、花の都とも言われていたが、まぁ行ってみるといい」

「・・・色々お世話になりました」

「いいってことよ!まぁ、困ったときはお互い様ってことさ。オレも何だかんだで世話になっちまったしな」

どうやら昨晩の部屋の片付けについて言っているらしく、気にしないで、と伝えればすまねぇな、と申し訳なさげに彼は笑った。

「・・・そうだ、ゴーシュはいつまでこの森にいるの?あの小屋に住んでるってわけでもないんでしょ?」

思い出されるのは、昨晩の小屋の惨状。床も机も何もかもが泥にまみれて酷い有様だった。あそこに住んでるとは、到底考えられずにクロトは訊ねた。

「・・・ああ、帰りてぇとこなんだけどよ・・・ちょっとまだ帰れそうにねぇんだわ。・・・いつか帰れたらって思ってはいるんだけどな」

クロトの問いかけに、酷く寂しそうに、そして何処か遠く見るように彼は目を細めた。

「・・・。・・・いつか帰れるといいね」

暫し逡巡した後、そうクロトが告げれば、ゴーシュは僅かに驚いたように目を見開いた後、ありがとう、と幾分寂しそうにではあったが、嬉しそうに頷いた。

それからクロトは、ゴーシュと軽い別れの挨拶をし、分かれた。

彼が教えてくれたように、森を真っ直ぐ抜けると街道に出た。石や隆起した地面など何処にも見当たらず、コンクリートできちんと舗装されている。その端を道路標識打ち立てられており、東西方面にある国や街までの距離さえ書かれている。馬車等がすれ違っても、互いに道を譲らなくともいいほどに、大きく整備された街道だった。

一瞬間違えたか、ともクロトは思ったが、道路標識で確認すれば、間違いでないことに気づき、そのまま何事もなく道を進んだ。

そして、半日も経たないうちにベロニカに到着した。
































昼前にベロニカに着いたクロトは、早速宿屋を見つけ一晩泊まる手続きをした。今日の宿泊客は、どうやらクロト以外はいないらしく、七十を超えたぐらいだろうその宿屋の主人は、元からの気質なのかかは分からないが、明日からの旅で必要な雑貨や乾燥食品等々の補充にどこかいい店はないかとクロトが訊ねれば、何処何処がいいと教えてくれたり、知り合いだからと電話をいれ、なぜか商品を買う前から値切り交渉をし始めたりと、それはもう甲斐甲斐しく世話をやいてくれた。

実際その店に言ってみたが、主人の言うように質はどれも優良であったし、値段も良心的。主人の値切り交渉のおかげか、更に三割近い値引きもしてもらった。そのせいもあって、普段なら、次の町か国に行くまでの必要な分といくつかの予備分だけを買うところが、その倍はゆうに購入していただろう。荷物の山で、小さなクロトは埋もれてしまい、周りから見れば荷物が歩いている・・・という奇妙な格好となった。

いったんその荷物を宿屋のあてがわれた自室に運び入れ整理もそこそこに、再びクロトは町に繰り出し、町をゆっくりと見て回った。

彼が言ったように、小さな町であったが、そこに住む人々皆が活気に満ち溢れており、何より『花の都』と言われている通り、町のあちこちに色取り取りの多種多様の花々が咲き乱れていた。

一時間もすれば、町の端から端までじっくりと見て回ることが出来たので、日暮れにはまだ随分時間があったが、宿屋へ引き返し大量の荷物の整理をすることにした。

やっと片づけが終わったのは、陽が暮れて小一時間ぐらい経った後だった。宿屋の階下に行けば、ちょうど主人が夕食の仕度を終えたところだったようで、食べれますか?との問いに、快く頷いてくれた。

台の上に運ばれた食事は、パンにグリーンサラダにシチューにデザートの苺。その出されたシチューを一匙食べれば、昨晩彼が作ってくれたのと同じ味付けに驚き、ごく一般的なものなのかと主人に訊ねれば、この町独特の味付けだという。ならば、彼は、ゴーシュはこの町の出身なのだろうかと、主人に「ゴーシュという名を知っていますか?」と訊ねれば、主人はその名に酷く驚いた風で、次いで「・・・懐かしい名前を聞きました」と酷く懐かしそうに目を細めた。

「・・・お知り合いだったのですか?」

そうクロトが聞くと、ええ、と老主人は、何度も頷いた。

「・・・ゴーシュは、」とポツリポツリと老主人は語り始めた。

その話から、ゴーシュは昔この町で設計士として働いていたそうだ。彼が設計するのは、時に家や建物であり、時に橋であり、時に街や通りの区画整理であったり多岐に渡った。その腕は確かなもので、近隣諸国にもその名が知れ渡るほどだったそうだ。

ある日、他国に仕事で出かけていた彼が帰ってくると、彼は満面に喜色を浮かべていたものだから何があったのかと訊ねると、その出かけた先の国王から依頼が入ったのだと言った。どういった仕事の依頼だったのかと聞けば、山を越えた先の隣国との間に街道を新たに作りたいとのことだった。それも王から示されたのは、ちょうど森を通り山をくり貫いて進む最短距離をとのことだったそうだ。

町の皆もそれはすごいな、と手放しに喜んでやりたかったそうだが、そこで出た山の名はこの辺でも有名な地盤の緩いところだった。逆に、止めたほうがいいのではないか、国王にも事情を説明して別のルートを考え直してもらってほうがいいのではないかと、町の皆で止めたらしい。それでも、ゴーシュは、『オレの腕にかかれば、そんなことはなんの問題もなくなる』と頑としてその忠告を受け入れることはなかったそうだ。

そして、トンネル作りに着工して数ヶ月が経ったある日。

その日は、朝からバケツの水をひっくり返したような土砂降りの雨だった。

あとわずかで完成だというトンネルが気になって、町の皆が引きとめるのを振りきってゴーシュは出かけていった。

そして・・・ゴーシュはそのまま帰ってはこなかったそうだ。

あとで調べた話、彼がいつも利用していた山裾の作業小屋は、その日の雨で地盤が崩れ、土砂崩れの中に埋もれてしまっていたという。

「・・・もう三十年になりますか。その当時、皆、もっと彼をしっかり止めておけばよかったと・・・いえ、それよりも前に、そんな仕事はするなともっと強く言って止めておけば良かったと、悔やんでも悔やみきれませんでした。そもそも、その依頼した国というのが、シュレルゲンと言って、この近隣じゃあ有名な所でして・・・彼が死んだと連絡しても散々な言葉を投げつけられたと連絡しにいった者は言っておりました。・・・本当に悔やんでも悔やみきれない・・・」

老主人は、服の裾で眦に浮かんだ涙をそっと拭い、クロトへと丁寧に頭を下げて奥へと下がっていった。

暫くの間、その場に沈黙が降りた。

そして、クロトはふと窓の外へと視線をやった。

もう夜の帳が下りて、辺りは漆黒の闇に覆われていた。月のない夜だった。

クロトは、今は闇の中で見えない遠くを見遣り、ポツリと呟く。

「・・・ああ、だからあの時                」

その小さな声は、闇の中へと静かに消えていった。



















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≪コメント:もしかすれば、何か主人公に違和感を感じた方(私の創作小説技術のなさを除外して)がいらっしゃるかもしれません。
はい、このとき、クロトはまだ普通の旅の子供です。何の特技も持っておりません。ですからゴーシュの正体にも気づかなかったんです。

小説を書くたびに自分の語彙の貧困さに呆れる事しばしばで、もっと文章を分かりやすく、かつ、容易に想像もしてもらえるように書かなければ、と思うのですが、何とも努力が追いつきません。

もっと、時間が取れるようになった折にでも、修正を加えていこうかとも。


読み苦しいところも多々あったかとも思いますが、ここまで読んでいただいて、ありがとうございました!≫