『私の身体だけでなく、心も欲しいというのですか・・・?』










『・・・ならば一つ、私の願いを叶えて下さいまし・・・。そうすれば私は、貴方様のものとなりましょう』










『私の願いは                    』





















  【  人 形 の 見 る 夢  】













1−(1)
















風が吹く。

少し肌寒いその風は、木々の纏った極彩色の衣裳事揺らし、また、地面に散った衣も共に虚空高く舞い上げてゆく。

秋のある日。

「・・・でね、その子がそんなことをゆうものだからある悪戯をしちゃったの」

少女独特の高い声が静寂に満ちた境内に響く。それにまだ歳若い青年が微笑みながら相槌を打つ。

「どんな悪戯を仕掛けたんだい?」

青年は、悪戯に吹き付ける秋風に乱された少女の纏め上げられた栗色の髪をそっと愛おしげになでつける。

ふふっと頬をうっすら染めて笑う少女は、まだ十代の半ば頃か・・・白磁のように白く肌理細やかな肌に、長いまつげに縁取られた大きくパッチリとした黒い瞳が映えており、『愛らしい』という言葉がぴったりであった。

「・・・その子が峠をこして元気になってこうゆうの。『私が元気になれたのは、やっぱりあの最後の一枚だった木の葉がおちなかったからね』って。だけどね、私がゆうの。『木の葉はとっくに落ちてたよ。木の葉と枝の境目をよく見て!接着剤で落ちた最後の一枚の葉をくっつけてみたのよ』ってね!そのときのあの子の呆けた顔といったら・・・ ・・・」

あはは、とお腹を抱えて笑う少女に青年の表情も穏やかだ。

「そう、そんな夢を見たんだ。それにしても、夢とはいえ、その病気の彼女も無事でよかったね」

「本当にね!」

そう言って、笑う少女が「あ!」と小さな悲鳴を上げると、

「・・・ご免なさい。私の話ばっかり聞いてもらっちゃって。孝之も何か話があったんでしょ?」

小首を傾げながら申し訳なさそうに眉をキュッと眉間に寄せている表情があまりに可愛らしくて、孝之は彼女をそっと自分のもとに抱き寄せた。

「確かにありはしたんだけどね・・・百合の話を聞いているほうが楽しかったからね。別にいいんだ」

「そんなことないよ!私も孝之の話を聞きたい。大した話じゃなくてもいいの・・・だって私たち来週には婚約するのよ。最初に約束したでしょ?隠し事はなしににようって、そう言ったの孝之の方じゃない」

そう来週の今日、孝之と百合は婚約をする。

初めは親たちが勝手に話を決めてしまっていたのだが、お互い全然見知らぬ相手というわけではなく、むしろ今まで幼馴染として小さい頃からよく見知った仲だった。

お互い惹かれあっており、この話が決まったときはお互い喜んだものだ。

今の時代、好きあったもの同士が婚約できることなどまずない。女は少しでも家柄の良い男の下へと嫁ぐようになっていたし、家柄の良い男ならばなお己の家の地位を少しでも高くするために、家柄の良い娘との政略結婚のようなことはよくあることだった。

孝之の父親は村長を昔から務めている家系の出で、自己所有の土地も多く持ち、そこを小作人に貸し出して小作料などを徴収したり、各家々からの貢ぎがあったりと随分な資産家でも会った。

一方百合の家はというと、貧しく冬になるとその日食うものにも困った。

そういう家で器量が少しでも整ったものは、奉公先に出すなり、一文で売られるなりされていた。百合は、村一番というほどではないにしても、随分整った顔立ちをしていた。長女でもあったため、家の家事や下の兄弟達の面倒を見たりとしなければならなかったため、奉公に出たり、他に売られたりなどということにはならずに済んでいた。

こんな二人が結ばれることはないだろうと・・・お互い想いを伝えることなく今までいたのだが、どういう縁かこうして愛する二人が結ばれることが出来たのだから、いつまでも良い関係でいるために孝之の方から『隠し事はしないようにしよう』と提案を持ちかけたのだった。

「・・・そうだったね。でも、本当に大したことじゃなかったんだ。・・・ただここずっとお互い忙しくてすれ違ってばかりだったろう?ここ三月雨がふらずに、稲が穂をつけるために必要な分の水が足りず籾は空が多く不作であったし、畑の作物も大概が枯れ、唯一まともに成長している芋もこれ以上雨が降らなければどうなるか・・・百合の家は農家だから特に大変だろう?僕の家も今その対策に追われているしでさ・・・。二人の時間があまり取れてなかったと思って、すぐ家に帰らないといけないだろうけどさ」

そこまで話して孝之は吐息を虚空に吐く。

村は今不作と雨不足で大変なことになっている。飢饉というには、まだそれほどではないにしても、このまま雨が降らなければいずれそうなるであろうことは目に見えていた。

対策を立てようと村長である父は、長老方や青年会の若い衆を集めて今、寄合を行っている。

だが、相手は自然のこと。あまり実のあるような対策が立てられることはないだろう。だからといって、なにもせずおくことなど出来はしないのだが・・・。

見上げた空はどこまでも青く澄み渡り、黒雲の欠片さえ窺えない。それにまた、深いため息を一つついた。

百合もまたそんな気遣いを嬉しく思う反面、今の村の状況が予断を許さないほどの状態だということを家が農家である分痛いほどよく分かっていた。

「・・・そうだね。天候のことだもの、神様にしか分からないことだよね」

孝之の腕の中から孝之の顔を見上げる形で苦笑すれば、それに優しい孝之の笑顔と羽のような口付けが下りてきた。

軽く触れ合わせるだけのそれはすぐに離れてしまったが、暖かな優しい温もりが先ほどまでの重苦しい空気までも溶かしてしまったかのように随分軽くなったのを百合は感じた。

(嗚呼、きっとこの人と二人ならどんなことだって乗り切れるんだろうな)

彼の温もりとその鼓動を側で聞きながら、ひどく安らかな心地を覚えた。

暫くして、どちらともなく立ち上がり手を繋いで村へと帰る。

もう二度とないこの幸せを噛み締めて・・・。














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