【  世界の終焉の先に待つものは?  】  
























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「私は、言葉が貧困なので何と言ったらいいのか分からないんですが・・・まるで、国中が喪に服しているかのようですね」

グレゴリウス国内に入国を果たし、その街を一望した瞬間、リヒトは吐息を吐き出すと共に声をあげた。

街行く人々の全てが黒い服を身にまとっているのだ。頭の先から足の先まで。家々の屋根や壁、窓から風に乗ってひらめくカーテン、花屋で売られている花も黒。闊歩する犬や猫も馬も皆一様に黒。

かろうじて黒で無いものを探そうとざっと辺りを見渡せば、あるのは整地された地面と空ぐらい。しかしそれらもまた、木々の輪郭を赤く辿るほど傾いてしまった陽によって薄墨のように染まっていた。

まさに、国中が悲しみをたたえ喪に服しているかのように。

「今までクロトと一緒にいろんな国を巡ってきたつもりでしたが、こんな国は初めてですね・・・驚きました」

リヒトがクロトと出合ったのは三年ほど前。それから二人で旅をしてきた。徒歩で行く旅にそれほど多くの国をまわってきたわけではなかったが、それでもここのように変わった国は他になかった。

「・・・そう、彼らは黒を纏うことで、喪に服そうとしているんだ」

僅かに周囲の雰囲気に飲まれかけていたリヒトの隣で、クロトがポツリとこぼす。

「失われてしまった命とかつての過ちを悔いているんだ・・・150年経った今でも」

「何があったんです?150年経った今でも国中の人々が悼むこととは・・・それに過ちって一体・・・」

問いかけるリヒトの声が聞こえているのかそうでないのか、どこか心ここにあらずといった様子のクロトを心配に思いもう一度声を掛けようとすると、

「ボク・・・貴方は知っているのね」

その声に振り向けば、顔を覆うほどの黒のレース地のベールを被り、黒のフリルの付いた長めの黒のワンピースを着た上品そうな20代後半から30代前半と思しき女性が声をかけてきた。その女性はクロトの側まで来ると屈んで視線を合わせ、「貴方は知ってるのね」ともう一度尋ねるのに、クロトは小さく頷き、それに対して女性は「そう・・・」とだけ呟いた。

分けの分からないのはリヒトだけ。それはどういうことかと問えば、その答えはクロトから返ってきた。

「≪魔女狩り≫があったんだ・・・この近辺一帯で」

「≪魔女狩り≫って・・・昔、この世界が崩壊する前の世界であったとされる、あの・・・?」

この世界は、かつて一度崩壊した。なぜこの前世界が崩壊することとなったのか。大きな戦争があったとも、また、異常気象の果てに人類が滅亡した等様々な説が囁かれているが・・・その理由は、未だ解明されることの無い謎として残っている。

その前世界において実際にあったとされる、≪魔女狩り≫。文化的な遅れや国王権より宗教権の強さ等を背景に、諸国家と教会とが異端撲滅とに関連して、特定の人物を魔女に擬することでこれを糾問し、魔女裁判を行い、確定したものについて焚刑に処したとされている。

「しかし、なぜそんなことが・・・」

リヒトの疑問の声に答えたのはクロト。

「・・・この国は、昔、医療技術の発達した国としてとても有名だったんだ。特にここで調合された薬はどんな病にも効くとして、諸国で高値で売り買いされるほどのものだった。権益独占状態。処方箋も国外持ち出し禁止事項として、厳しく取り締まっていたんだ。それが、その他の国には不満だったんだろうね・・・ちょうど時期良く流行った流行り病を理由に、それを流行らせたのはこの国にいる魔女のせいだ、と」

「それでも、ただの噂でしょう?噂なんて何の信憑性も無いものを人は信じたんでしょうか」

女性はふと当時を思い出すかのように遠い空を見上げ、答える。


「その当時は、どの国も重税に兵役、貧困、流行り病に人心は疲弊しきっていました。神とあがめるほどの国王に対する憤懣など申すことなど出来なかった。だから、別の理由が欲しかったのでしょうね」

痛みをこらえるように、女性の背中は僅かに震えている。

「多くの軍がこの国に押し寄せました。・・・老いも若きも、幼い子供やまだ生まれて間もないそんな幼子でさえ女という理由で、軍人に連れて行かれ、投獄されたそうです。・・・いえ、投獄だけならまだしも、そこでは≪魔女≫であるという自白を引き出すために、目を覆いたくなるような拷問もなされていたと聞きます」

女性は街の中央部の方へと視線を移す。それに気づき、二人もまたそちらに視線を向ける。

暗闇が迫り、街にある街灯がポツポツと明かりを灯し始める。ぼんやりと浮かび上がる黒を背負った町並みが、少し先で円形状に中央を空けるようにして開けていた。さらにその開けた場所の中央部にこれもまた直径3m程の円形状に石が敷き詰められ、中心に石碑が設けられていた。

「あれは、その時焚刑に処された一人の女性に哀悼を捧げるために後世の人々によって建てられたものです」

「あちらを」と。そう言って女性が指し示した先。街のずっと奥、大きな門があり、そこから覗くのは蔦が絡まる城。

「多くの女性たちが裁判にかけられてゆく中、一人の女性が現れこう言いました。『今投獄されているものたちも、街にいるものたちも誰も貴方方が探している魔女ではありません。私こそが魔女である』と。そして、『彼らに罪は無く、あるとしたら無実にもかかわらず投獄されているということだけ』。・・・その言葉で多くのものが救われました。その代わり彼女が魔女として裁かれ、焚刑に処されました・・・」

そこでリヒトは確信の篭った声で言った。

「その女性は、王族のどなたかだったのですね」

「はい・・・国王様にとって一粒種であった第一皇女様でした」

「!しかし、国王の娘となるとそんな刑には処せられることなど・・・」

「はい・・・。それが分かったときは、刑が執行された後のことだったそうです。王の悲しみは深く、民もまたその事実に打ちのめされました。そして、誰が始めたのか・・・いつの間にか一人、また一人と、着る服を家の屋根を壁を黒く染め始めたのです。・・・彼女の喪に服するために・・・」

その時、カーン・・・カーン・・・と街中に響き渡る高い鐘の音が鳴り響いたかと思うや、街を行く人や家々から住人が出てきて、その石碑の周辺に集まり始めた。各々服が汚れるであろうに、その場に跪き胸に手をあて頭を下げる。自由に歩くことの出来ない老人や寝たきりの人々は、家の窓から介護者の手を借り顔を出し、やはり頭をさげ祈りを捧げている。


「クロト・・・?」

ついっと一歩前に出た少年は、懐からロザリオを取り出し、他の人々と同じようにその場に跪くと、静謐なる声をあげた。

「・・・古の時により失われし彼女の御霊に祈り捧げる・・・」

幼い少年の高く透き通った声が祝詞を紡ぐ。

「・・・その身に受けし痛みと絶望よりこの地にその御霊を縛めることの無き事を、安らかならん事を、導きの神≪イシス≫の御許にて、その刻苦・辛苦から解き放たれたることを願う・・・」

ちょうど、その祝詞が終わるのを待っていたかのように、祈りを捧げていた人々も家に帰る者、また街に留まる者もそれぞれの道をゆく。

「・・・貴方は、神父様なのですか?」

女性の問いにクロトは「近いけど、全く違うものでもある」と言う。

意味の分からない言葉に女性は少し小首を傾げてみせたが、

「ありがとうございます・・・彼女の魂も救われることでしょう」

その声は、まるで自分が身に受けたかのような苦しみを湛えているように二人には感じた。












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≪コメント:舞台が整うにはまだ少し先でしょうか。
ちなみに【焚刑】とは、火刑のことです。≫