真実は、何とかくも可笑しいものだろう。





















   【   名   モ   無   キ   花   】   





















応接室。


「・・・ようようお帰りで、お待ちしとりましたよ」


応接室のソファの上でだらしなく横になっていた男は、緋ヶの当主が帰ってきたというのに、飄々とした態度で、その端々になぜか上からものをゆうような雰囲気を醸し出していた。


「・・・何の用だ。お前とはあれきり縁を切ったはずだが。それにここにはこないという約束だったではないか」


応える彼の言葉には苦味を含んだような物言いで、相変わらず表情は強張ったまま。


それに対して、男はむくりと身体を起こし座りなおすとカカッとわらって見せるのに、彼は怒りを含んだような視線を投げかける。


「おお怖、怖っ。緋ヶの当主さんともあろうお方の顔が般若のようでっせ?奥さんもそんなあんたさんの顔を見はったらビックリしはりますよ?」


「・・・あいつはここには来ない。茶を断っておいたからな」


「そうなんですか?そら残念やなぁ、これからちょーおもろい話しますのに」


その言葉にギロリと睨みを強くするが、男には何処吹く風か、またもやカカッと笑う。


「で、何の話だ。ことによっては「どうしますのん?」」


彼の言葉を遮って、男は今度は先ほどまでとは打って変わっての無表情のまま聞き返す。


「で、どうしはりますのん、緋ヶの旦那?ことによっちゃあ・・・なんですか?また金でも積んで今度は私でも殺しにきはりますの?」


ニタリと笑んだ男に、彼は誰が見ても分かるようなほどガタガタと震えだし、額にはびっしょりと玉の汗が浮かんでいた。


「別に私はかまいませんよ?私もそれなりの覚悟がありますんで。でも、まぁ、そうですね・・・別れの前に、愛おしい愛おしい奥さんにでもあんたさんがやったエグーイ昔話でもしときましょかね?」


そう言って腰を上げる男を必死の形相で制する彼に、男はまたニヤリと笑って見せた。


「・・・何が目的だ。金か?せびりにでも来たか?」


それに、男は「まぁ、そんなもんです」と気もなく応える。


「・・・いくらいる」


彼は懐から厚みのある財布を取り出すのに男は、


「とりあえず今日はその財布に入っとる金全部でかまいませんわ」


そういう男にギョッとした彼は、


「・・・とりあえず今日は、というのはどういうことだ!手切れ金はあの時充分な額を渡したはずではないか、それをよくも」


「旦那さんは何か勘違いしとりませんか?あの時、あの女を殺した分の報酬ですけど、私言いましたよね『分かりました。とりあえずこれはいただきましょう』ってね。あれで最後やなんて、いつ私は言いましたやろか?」


「そんな理屈あるか!!」


彼の怒声にも男はひるむことなく、またカカッと笑うと、それに、と続ける。


「それに、言っておきますが、私は人殺しやけど・・・旦那さん、あんたも同罪やで」


「何を!!!」


「私が何も知らんとお思いですか?」


意味深な男の発言とこちらにやる視線の意味に気づかない彼ではなかった。


(この男は全てを知っている!いや・・・しかし、あの時、確かに誰もいなかった。誰も知りようがないんだ)


「・・・何のことだ」


殊更冷静を装った彼に男は口だけで音には出さず『ひ・と・ご・ろ・し』と言った。


「!!」


「旦那さんは酷いお人や。あんなまだ十代の可愛らしい召使の女の子に手を出して本気にさせといて、自分は良いとこの嬢ちゃんとええ仲になって・・・いざ良いとこの嬢ちゃんとの婚約間近に迫って、召使の子が目障りになった思たら、≪人殺し≫を商売にしているこんなろくでなしに金を積んで人殺しをさせて自分一人綺麗な手でおろうとするんやから。・・・それに、」


「・・・」


それに、とそこで言葉を切ると男は、机の上に飾ってあった萎れていまっていた一輪の白い花に手を伸ばし、匂いを嗅ぐように顔の前まで持ってくると、


「旦那さん、あんたは私が上手いことあの女は殺すか心配で、ずぅっと私の後をついて来てはったやろ?私があの子を刺して、もう虫の息やから放っといても死ぬやろおもてそのまんまにしといたんを、わざわざあんたさんはもう意識のない彼女の頭の上に、近くにあった大きな石を落として止めをさしたやろ?」


そう言って、男は持っていた白い花を彼の前でぐしゃりと握りつぶした。


「っ!!!」


「可哀想になぁ・・・彼女の顔もこんな風に潰れてしもてたわ」


男はそこで本当に哀しそうな顔で、今しがた握りつぶした花を持っていたハンカチにそっと優しく包んだ。


「私は人殺しや。さんざん依頼された相手を色んな手を尽くして殺してきたさかい、あんさんのこと何もゆえへんけどな・・・あんさんのことは赦したらあかん思うてな。まぁ、そんな綺麗ごとゆうたかて、金が欲しいのは事実やし、それはもろてきますわ」


彼が持っていた厚みのある黒皮の財布をひょいと横から掠め取ると男は、「ほな、また無いなったらきますわ」と応接室の扉を出て行った。



















あの殺し屋の男が帰ってどのくらいが経っただろう。


控えめなノックの音に彼は我に返る。


「貴方・・・大丈夫?入ってもよろしいかしら?」


それに彼は「ああ」とだけ答えると、おずおずと雪子が応接室の扉から入ってきた。


「もう随分前にお客様帰られたようですが・・・何かあったのですか?」


そう控えめに聞いてくる雪子に、彼の心は、いつもなら愛おしく思うはずの気持ちが、今はなぜか邪魔だ、ここから出て行けとゆう強い感情に支配されていた。


それでも、そんな想いとは裏腹に「いや、大したことじゃなかったさ」と彼女のほうを見もせず、彼はただ窓の外を眺めていた。


「あの・・・お食事どうなさいます?すぐにご用意いたしますが」


それに彼は一言だけ、否と。こんな態度はやはり何かあったと思わせ心配させるだろうと思いながらも、それでも聡い彼女は深く聞き出すことも無く「はい」とだけ頷いて部屋を後にした。


彼は、しばらく何ともなしに外を眺めていた。


考えることはやはり、さきほどの殺し屋のこと。一番見られてはいけない人物に、少女に止めを刺したところを見られてしまった。


「・・・参ったな・・・」


どうにかしなければ、またあの男は性懲りも無くやって来てはこのネタで金を毟り取ってゆくことだろう。殺し屋ごときにくれてやる金はもう十分な額を支払った。


彼は血が溢れるのをかまわず、強く皮膚ごと爪を噛んだ。


どうにかして、奴を消さなければ・・・そんなことばかり考えていると、ふと背後に人の気配を感じ何気なく彼は振り返り、そして驚愕した。


「お、お前は・・・!」




















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