そして、緋は嘲る。





















   【   名   モ   無   キ   花   】   




















ふと、夜中に胸騒ぎを覚えて雪子は目を覚ました。


ダブルベットには雪子しかおらず、彼の姿が見えないことに不安を感じた。


日暮れ時に訪ねてきた客が、一刻ほどして帰っていってからも彼は雪子を呼びに来ることはなく、不安にかられ応接室に行くと、いつもの彼からは想像できないほどの重く暗い空気を漂わせ、何か心ここにあらずといった佇まいをしていた。


何を聞いても一言二言で終わる返事に、何も話してくれないだろうという空気を感じ取り、雪子は諦めて部屋を出てゆき、簡単な食事だけすましここに戻ってきていた。


ベッドに入って読書をしていると、ついうとうととしてしまい、そのまま寝入ってしまっていたようだった。


時計の針は深夜一時をさしていた。


ふと煙い匂いが鼻をつく。


咄嗟にネグリジェの袖で口と鼻を覆い、寝室の扉を開けるとそこは黒い煙があたり一面を覆っていた。


(火事・・・!)


そう思い、急いで階段を駆け下りると壁という壁に炎が伝わり、窓ガラスは割れ、カーテンは燃え落ち、辺り一面が炎の海と化していた。


恐怖に戦く足を動かし、煙を吸い込まないように気をつけながら、雪子は叫んだ。


「貴方!貴方!!どこにいるの?!」


炎を避け、応接室、台所、居間等々探すも彼はどこにもその姿は無く、返事もない。


(もしかすると、先に外に出たのかも)


そう思い雪子は、まださほど火のまわりが遅かった1階の部屋の窓から脱出を図り、玄関口のほうへまわると、


「雪子さん!大丈夫?!怪我はない?」


前緋ヶ家当主であった義父や義母やら本館にいた者たちが駆けつけており、召使たちは必死に火を消そうと消火活動をしていた。


「火消しを呼んだからすぐに来ると思うが・・・雪子さん、息子はどこだ?脱出しているのだろ?」


「分かりません。私もギリギリまで部屋の彼方此方を探して呼びかけたのですが、返事が無かったものでもう外に出てるとばかり・・・!」


そう言った雪子の言葉に義母は、半狂乱で息子の名を叫びながら燃え盛る炎の中に入ろうとするのを、執事と召使の何人かで必死に止められていた。


丁度そのとき到着した火消しに義父が指示を出し、義母は息子の救出を懇願し泣き崩れていた。


彼の無事を必死で願いながら、不安で押しつぶされそうになるのをこらえ、雪子は義母を支えるようにして立たせ、燃え盛る自宅を見やれば、ふと屋上に立つ1つの影が見えた。


「あ、あそこに!」


雪子が指をさした先。皆がそちらを見れば、当の彼が呆然と立ち尽くし、空ろな視線で空を見上げていた。


「貴方ぁー!貴方ぁぁーー!!」


「坊ちゃまー!坊ちゃまー!!」


声が張り裂けんばかりに彼に向かって呼びかける。


しかし、燃え盛る炎のゴオッとうねりを伴った音が雪子の声を、義父や義母、使用人たちの声を掻き消した。


そして、とうとう炎の渦が屋上まで達し、赤が彼を包むその瞬間、一つの白い影が彼を覆ってゆくのを雪子は見た。


十代後半ぐらいの少女だろうか。白い着物を着、黒く長い髪の毛を熱風に煽らせ、血の気の失せた白い顔に炎の赤が反射する。この酷い状況の中、この世のものとは思えぬほど凄絶な美しさを醸し出すその少女を、なぜか雪子には、応接室に飾っていた名も無いあの白い一輪の花のように思えた。


そして、その白い花は炎の赤に照らし出され、愛おしい彼と共にその赤に呑まれていった。






















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